かつて有名プレーヤだったコーチ

 アンディ・マリーがかつての名選手、レンドルをコーチに雇って成功したため、最近はかつての有名選手をコーチに雇う事が流行っている。元々マリーがレンドルを雇ったのは技術的な面よりもメンタル面のアドバイスを求めての事だ。レンドルもマリーと同じく、最初はメンタル面に問題があり、メジャータイトルを取る事ができなかった。マリーはそれをどう克服したのかを知りたかったのだろう。実際、アドバイスのかいがあり、アンディ・マリーはウインブルドンで優勝した。
 この後、フェデラーはエドバーグに、ジョコビッチはベッカーに、錦織選手はマイケル・チャンにコーチを依頼している。また、最近USオープンで優勝したチリッチもイワノセビッチにコーチをしてもらっている。しかし、彼らが有名選手を雇う理由は様々な様だ。
 例えば、フェデラーはエドバーグのネットプレーの技術が欲しかったのだろう。フェデラーとエドバーグはネットプレーの質がよく似ており、エドバーグの経験がそのまま生きる。錦織選手も同様のタイプで、背の低いマイケル・チャンの経験はそのまま自分に使えるのだ。
 一方、ジョコビッチとベッカーはタイプの全く異なる選手であり、ベッカーのプレースタイルがそのまま使えるわけではない。しかし、ベッカーはジョコビッチが比較的苦手としていたサービスやネットプレーの経験が豊富であり、ジョコビッチの欠点を補うのに有効だったのだろう。実際、最近のジョコビッチはサービスもネットプレーも大幅に向上している。
 こうした成功例が増えたため、それに対抗する選手も出始めた。例えば、チリッチは自分を活かす戦術を教わるためというよりは、相手の弱点を知るためにイワノセビッチを雇った様だ。イワノセビッチはかつての名プレーヤと何度も対戦している。だから、例えばマイケル・チャンの攻略法といったものをよく知っているのだ。だから、そのコーチのアドバイスを受けている錦織選手の攻略法も分かるわけだ。
 こうした有名プレーヤの経験は今でも通用するものが多く、大金を払うだけの価値がある。しかし、例外もある。それがジョン・マッケンローだ。彼のプレーの質の高さは万人が認めるところだろう。しかし、多くのプレーヤがこう思っているに違いない。「マッケンローのテニスは素晴らしいが、真似できる要素がほとんど無い。従って、全く参考にならない。」実際、マッケンローの所には未だにコーチの依頼が来ないそうだ。やはり天才は唯我独尊である。その後継者はなかなか存在しないのだ。
 テニスの世界ではこうした偉大な先輩の経験を尊重する風潮になってきたが、残念ながら今の日本のビジネスは逆である。自分がコンピュータを使いこなせる事をいい事に先輩を馬鹿にする若者が増えた。コンピュータなど引きこもりでも使うのにである。ビジネスの法則などここ1000年ぐらい変わってはいない。かつての成功者の助言は貴重なはずだ。
 しかし、今の若者はそれが理解できないのだ。日本はもうすぐ滅びると思う。今の若者は社会を支えるだけの力がない。自分では考える事をせず、それでいて過去の教訓も学ばない。他人に負けないビジネスの哲学を持ってもいないのに成功できると楽観している。正直、世の中をなめすぎていると思う。これは社会が豊かになり、甘やかされてきたツケだろう。こうした事はかつても多くの文明で起こっている。ローマやバビロニアも腐敗して滅びた。歴史は繰り返すのである。

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